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アイテム詳細

文藝春秋
グループ:Book
ランキング:-
価格:¥ 530
発売日:2008-10-30
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カスタマーレビュー

オシムが一流である証明  (2008-11-01)
とにかくこの雑誌の目玉はオシムのインタビューだろう。今までのインタビューもそれなりに目を通してきたつもりだが、ここまで具体的に語るのは珍しいように思う。オシム語録的な部分はまるで消えている。それが自分には好ましい。
この記事で重要なのは田村修一が驚いた「オシムが監督であったなら日本がしていたであろうサッカー戦術に対する言及」である…わけがない。あんなのは選手の並びや、その動きを見ていれば少なくとも戦術的にはオシムのやろうとしていたこと、不満も予想の範囲内のことである。田村修一はさすが四流ライターであるなあ、と感嘆し拍手でもしてあげればよろしい。

驚くべきはそこではなく、そういう戦術的な部分に対し、重要性を説きながらも、その限界自体もオシム自身が感じていることである。いや、微妙に違うか。正確に言えば理論に対する懐疑、というべきか。戦術が組織に対して絶対的なものではない、個人と組織がvsの関係ではないことを示した上で、さらにそのほかの方向性からのアプローチもほのめかしている、というべきなのだろうか。…もっとわかりづらいか。さらに言ってしまえば、目指すべき組織そのものに対する信頼とともにその限界も示している部分でさすがというべきなのだろう。重要であることと、その奴隷になることは違うのだ。
とりあえず、例えばオシムが一流であり、カペッロが一流であり(この人ほど世のサッカー人から誤解の多い監督も珍しい)、デル・ボスケが一流であり、ジーコが一流になりうる可能性を持つのに、何故どこまで行ってもファン・ハールが二流であり、ゼーマンも二流であり、ファンデ・ラモスが二流であり、トルシエが三流に限りなく近い二流であるのかがこの短いインタビューで少しは理解できなければならない。後者は、確かに頭ではオシムの言うようなことを理解できているのだけれど、結局はそれを出来ない。なぜなのかと言えば、もう「才能」としか言いようがないのかもしれないけれど。以上のことを理解したとき、日本は少し、進歩するかもしれない。欲を言えばオシムに南米的な視点もあれば…とも思うが、それは彼自身が東欧で生まれ、そこであらゆるものを吸収し、その上で現在の欧州の優位(経済面で)の状況にあるのだから仕方がない部分なのかもしれない。彼は評論家ではないのだから。

他には西部氏のコラムもあるのだが…うーん、微妙だ。ピクシーのチームは前任者に比較して、実際は戦術的ディティールにおいて、溶解しつつある。「解を与える」という意味では、多分前任者の方がより凝ったものだっただろう。しかし、それでも現監督の方が組織的に良いとするならば、前任者の「複雑さ」を現在の「シンプルさ」と絡めて比較論とし、組織について語ると、コラムとしてもう少しよくなると思う。つまり、現時点ではまるで駄目である。評価すべき軸がまるでずれているからだ。ただ、それ以前の問題として現時点で8敗もしているチームをここまで賞賛して良いのか、と少し疑問もある。好きなタイプのチームなのだけれど。Jリーグは予想が世界で一番難しい部類のリーグなので、これで来年調子が悪かったりしたらどうするんだろう、と西部氏を心配してしまう。

余談
一応、疑問点も挙げておく。オシムは「ヨーロッパでは約13kmは走る」というが、これは本当だろうか?今回のEUROはデータが非常に充実している大会であったので調べてみたが、90分で13kmを走った選手は「0」である(最高はスウェーデンvsスペインでのスウェーデンのダニエルアンデションで、12.5km。多くの人が衝撃を持って受け止めたスウェーデンvsロシアで最高走行距離を示したのはセムショフだが、彼でも12kmである。ただし、ロシアの選手は中盤の選手のほとんどが12km近く走っており、全体の走行量はやはり多い。とは言え、サウジアラビア戦で遠藤が13km近く走っているらしいが、それほどの選手は少なくともeuroではいなかった)。また、サッカー界の大御所であるクライフは走行距離の問題に対しては明確に「多すぎる」とし、「もっと運動量を減らすべきだ」と提言している。これはどちらが正しい、というわけではなく、オシムの意見をある程度相対化し、サッカーの多様性をさらに深く考える材料になるのではないか。日本ではオシムと、その意見に対する「絶対化」であふれかえっているが、「議論の材料にする」というのも日本の発展には必要だと考える。最後の「オシムの言葉」もそれを求めている気がする。