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デモクラシーの深み
(2008-10-31)
デモクラシーに関する論を、鋭い切り口で再構成している本だ。
書かれている内容それ自体は、他の本でも読めるようなものだろうが、その再構成の方法が鋭いので、読んでいて新鮮である。
新保守主義を支えるポピュリズムの逆説のくだりなどは、今日的問題であって非常に興味深い。
むしろ民主主義論がこういう形で表れてくるのかという驚きがある。
基本的な民主主義論を新書あたりで読んだ人には、2冊目として本書をすすめられるだろう。
最後に目次を記しておく
現代世界と民主主義
自由主義と民主主義
多数と差異の民主主義
ナショナリズム、ポピュリズムと民主主義
誰による、誰のための民主主義?
新自由主義下の民主主義
(2008-07-26)
1959年生まれの政治・社会思想史研究者が、小泉政権を意識しつつ、民主主義の問題そのものにまっすぐ到達することを目指して、また民主主義を核として、これまで別々に論じられてきた(それ自体としては目新しくはない)多様な個々の論点相互間の布置連関を明らかにしようとして、2008年に刊行した本。民主主義は、それが置かれているさまざまな社会関係の中で、初めてその意味が決まるという性格を持ち、1960〜80年代にそれを支える思想的前提のうち、かなりのものが入れ替わった。その契機となったのが、ニューレフトによる政治領域の拡大と、保守革命による新自由主義政策の採用であった。著者はこれ以降の現代民主主義の論点として、自由主義と民主主義の関係(公私区分や専門性の問題とも関わる)、多数者支配と少数意見の尊重に関する問題(アイデンティティの政治の意義と限界とも関わる)、ポピュリズム・ナショナリズムとの複雑な関係(戦争との関わりや、政治のゲーム化、中間集団の評価等に関わる)、主体性の変容や外部性の問題(シティズンシップの問題、ガヴァナンスの社会的拡散に伴う問題、多様なステイクホルダーへの配慮の必要、自己の不確実化に伴う問題等)を挙げ、民主主義の実態の分析よりは、社会変化に伴う基本概念の変化や、学説史の検討を通じて、これらの問題の複雑な現れ方と、それらのはらむ意義と問題点とを探ろうとする。本書では、全体の連関がやや見えにくい箇所があり、また著者自身が認める通り、具体的な対策が述べられているわけではないが、学説や論点の整理の仕方は鋭く、なかなか刺激的だった。一定の知識は必要とするが、民主主義について根底から考えるためにはお勧めの本である。
民主主義は何を決め、決められないのか
(2008-06-05)
政治学を勉強し、よりよい民主主義を標榜する者にとっては避けて通れない問題を考えさせる、含蓄のある本である。二読した。ポスト冷戦という時代区分は当然として、レーガン、サッチャー、中曽根以降の先進国の新自由主義、新保守主義がポピュリズムによって登場し、2005年郵政選挙にみられるように、その政策によって利益を得ない者の衝動により政権が誕生したり強化されたりすることをどう考えるのか。ファシズムですら、中間層の「車が持てる」という物的欲求を満たしていた点と比べ、示唆的である。果たしてこのことを、新しい現象とみるか、剣闘士奴隷の戦いを見たがったローマ市民にまで遡って論じるのか、単なるエピソードにすぎないと考えるのか(自民党の支持基盤は弱体化しており、その後、内閣支持率はすぐに下がるなど)、など、考えさせられる。ただ、最近の新書に要求されがちな、How toものとは大差があるのは勿論、政治過程論や制度論などの本とは異なり、政治思想の本は、思考が直線的ではなく、実は難しい。難を言えば詰め込みすぎだった。市場、個人の自由、裁判、中間団体、専門家ではなく、民主主義(選挙と世論)が何を決めうるのかに絞ってもらうと、鮮明になったのかもしれなかった(著者の意図を外れるかもしれないが)。
いろいろ勉強にはなったが、だからナニ? みたいな欲求不満も感じる
(2008-06-05)
著者は「おわりに」冒頭で、05年総選挙における小泉政権の大勝を目にし、新自由主義が民主主義に及ぼす影響について考えたいと思ったことが、本書執筆の直接的文脈だと述べている。これはもちろん、著者自身が「民主主義思想の観点からして、新自由主義と新保守主義とは、いずれも(中略)問題の多いもの」(p257)だと考えていたことが前提だろう。
著者も言うように、その後07年の参院選敗北で安倍退陣、福田政権発足と推移し、新自由主義への批判が高まったようにも見える。しかし新自由主義は「人々のあらゆるものの考え方のレベルに浸透しており、これらは一回の選挙で覆るような性格の問題ではない」(p258)。
こうした観点から、本書は民主政治の変貌の軌跡を辿りつつ新自由主義下での民主主義の特質を鮮明化し、展望を探るのだが、論点はきわめて多岐にわたり、ここでの要約は不可能。序章に著者自身による整理もあるが(特にp43〜)、そこだけ読んでも分からないだろうから、やっぱり1回読んでみてください。ま、著者の議論は屈折が多くて、決して見通し良くはないけど…私の印象では、結局は「第三の道」の延長線上に暫定解を求めようとしているのではないか。
それはともかく、本書を読んでいる間、著者と同世代のいろんな論者の名前が浮かんできた。小熊英二『民主と愛国』への皮肉は明示的だが(p136)、ここは大塚英志への当てこすりかなとか、これは宮台真司批判かなとか。香山リカの「ぷちナショナリズム」には案外肯定的でびっくり(p132)。また「ポピュリズム的な合意形成」に関する分析(p158〜)は、大澤真幸の「『終わり』の回復」の分析(『不可能性の時代』p221〜)と同型なんじゃないか、とか…ま、私はこの分野での学問的議論の現状には疎いので、単に自分が知っている範囲での連想ですが。
民主主義の底流にあるもの
(2008-05-28)
ある国家が、反民主的だと怒りを覚える時、僕らは、教科書に書かれた民主主義の内容で判断しています。しかしその民主主義は、著者によれば、1960-70年ごろから変わり始めました。この時期、議会制民主主義や政党政治を、既に実現していた社会では、新たな批判が出てきました。生産至上主義・業績評価主義・豊かな社会の精神的貧困・管理社会などへの批判、また少数意見の擁護など、政治の領域からはみ出て拡大した運動、フェミニズム、エコロジーなどが盛んになりました。本書はこの変化の底流部分を探り、我が国直近の政治傾向を分析、問題点を洗い出しています。
はじめに米国や欧州の伝統的民主主義や自由主義、日本の戦後民主主義などの思想史的来歴が、鮮やかに纏められています。主眼は、それ以後の流れです。○レーガンや小泉の「新自由主義」。少数者擁護の流れに対する多数者の反撃とも見なせるが、しかし集団の利益で動くのではない各層を縦断する多数者の動き。問題の多い新たな「ポピュリズム」の流れ。○また安部の「新保守主義」。グローバル化の進行にも関わらず、「国民国家」が最後に頼りにされている。文化的な、また軍事的な新「ナショナリズム」への傾き。これら新潮流が、複雑な絡み合い、その多様な関連項にも目が配られて、綿密に捉えられています。
多様な人々の間の複雑な共存のルールを作る。自分が属する集団の利益だけでなく、他者をも考慮。他者に開かれつつ、他者に浸透される生き方。主体が、このように変容した新民主主義、「ポスト新自由主義」は良策ですが、そこでは、個人はその根源に自己保存への意欲がないと、他者に侵食されて全てを失う恐れもあると、著者は警告しています。
最後に、米国の民主主義論史が、まとめられています。合意に至るプロセスを重視する「熟慮型の民主主義論」が、「ポピュリズム」への矯正策として、指摘されています。なるほどと思いました。
